【社会】【コラム】センキョの行方
いよいよ本日センキョのトーヒョービを迎える。我々は生誕7300日を迎えると、「センキョケン」が与えられる。センキョケンの実態には諸説あり、桐の箱に入っているという者もいればなにかの券であるという者もおり、またあるものは剣だと説いたりもしているが、実際にセンキョケンを見たことがあるという者はいない。そういった意味では「方舟」に似ているが、センキョケンは生誕7300日を迎えた者に平等に与えられているという。そういったセンキョケンを使うのは、いわば我々の義務でもあり、本日のセンキョには、この世界に7300日以上生きている者は必ず行くべきである。
とはいうものの、この世界の住人のセンキョ離れが叫ばれて久しい。センキョに行かない理由として多いのは「よくわからない」というのが挙げられている。センキョはこの世界の秩序を作りだす儀式として大切なことである、というのはスクールの教科書にも繰り返し出てくることである。が、我々はまだセンキョの実態を何一つとして理解できていない。
最近では「センキョク」(戦局、との説もある)が変わったり、「キジツマエトーヒョー」が始まったりと、いよいよセンキョは複雑化している。
我々はセンキョケンを持ってトーヒョーに行き、ヨトーを決めなければならない(余談だが、この世界にはヨトーとヤトーというものがあり、それらは常に対立しているらしい)。それがユーケンシャの義務である。
私も死ぬまでに一度はセンキョで「キヨキイッピョー」というものを投じてみたい(投じるものらしい)のだが、はたしてどこに行けばセンキョができるのか、その謎はいまだ解けていない。