【文化・芸能】【映画評論】理解されない大作「方舟」

 カキルイシ・カニ監督待望の最新作「方舟」を観た。

 カキルイシは前作「フォレストの森」というクレイアニメで鮮烈なデビューを果たしたが、「方舟」は、カキルイシがこの世界のどこかにあるという方舟を探すために旅に出るというドキュメンタリームービーとなっている。まずはその作風の大きな変化に驚きを隠しえない。

 カキルイシはバーに行き、映画を観、使われなくなったホールに行き、不思議な建物に行き、そして帰る。わずか10日間の旅であったというが、その旅路は壮絶なものであったのであろうことが映像から見て取れた。結局、彼女は方舟を見つけることは出来なかった。そう。追い求めているものは必ずしも手に入るわけではない。そのことを彼女はフィルムに焼きつけていたのだ。

 トークショー付きの上映会があると聞き、9月4日のgallery SOAPに足を運んだ。私事ではあるが、筆者がこの作品を観るのは4度目だった。そうしてようやく、カキルイシが描こうとしたことの大きさに気付いた。彼女はこの作品で、人生そのものの縮図を描こうとしていたのだ。単に「方舟が見つからなかった」という筋にとらわれていると、この大きな理解には到達できない。いつかはすべて無くなってしまう、忘れ去ってしまうという人生の真実! それに立ち向かうのではなく、受け入れようとする姿勢が静かに伝わってきたことに、ようやく気付かされた。

 次回作は膝の中身についての作品になるという。